武雄市の文化財
せきぞうほうきょいんとう 2基:武雄市重要文化財(建造物)
石造宝篋印塔 指定年月日 昭和54年4月12日
所在地 若木町大字川古 秀岩寺

石造宝篋印塔  秀岩寺は、戦国時代に橘渋江氏と後藤氏がこの地の覇権を争う中で戦死した馬渡俊明の菩提を弔うために、その妻が建てた庵が起源で、寺名は俊明の法名「秀岩」に因んでつけられています。
 宝篋印塔とは、本来は仏舎利(釈迦の遺骨)及び宝篋印陀羅尼経を納める塔であったところからこの名がついています。のちには供養塔・墓碑塔として建てられるようになりました。
 秀岩寺の馬渡一族の墓地内には、馬渡俊明とその妻の供養のための2基の宝篋印塔があります。いずれも基礎・塔身・笠・相輪の4部分から構成されています。大きい方は、高さが1.7mで、塔身の4面に胎蔵界の4仏を種字で表し、「馬渡甲州・秀岩・天文癸巳(天文2年=1533)・十一月念六日」、基礎に「俊明」と刻銘されています。小さい方は、高さが1.3mで、塔身の4面に卦が刻まれ、その1面に「賢剛妙貞逆修壽位」、基礎に「弘治四(1558)白八月吉日」と刻銘されています。
 鎌倉〜室町時代は、各種石塔婆の造立が盛んであった時代ですが、本県内には室町時代のものがいくらか残存しているにすぎません。本宝篋印塔は、室町時代の特色をよく表しており、しかも2基ともに年代や人物が特定できる銘があり、歴史的な資料としても貴重な存在です。




武雄市教育委員会 文化・学習課文化財係