志久七囃子浮立は三笠鉾七囃子浮立ともいい、町内に残る十三塚の悲劇伝説とも関係深く、嘉禎元年(1235)に創建されたという稲主神社に毎年奉納されてきたものです。寛文3年(1663)には稲主神社が北方郷の宗廟に定められ、行列浮立が行われるようになり、浮立役の農民にも裃袴の着用と帯刀が許されました。稲主神社は、災危除け・米穀豊穣の神として倉稲魂命と木元父子を稲主大明神として祀っており、旧暦9月9日に例大祭が行われています。

 志久七囃子浮立は、この例大祭に奉納される農民の芸能で、演目が7曲あることから七囃子浮立とよばれています。絵馬堂で奉納される演目は、出端(三番叟)・笛ノ内(鳥さし)・花猩猩(ひーやち)・龍田(銭太鼓)・長範(綾竹)・正尊(花笠)・船弁慶(赤熊)で、演者は主にこども達です。囃子方は、笛5〜7名・大太鼓1名・締太鼓2名・小鼓3名・大胴1名で構成されます。笛ノ内を除く6曲には謡が歌われていましたが、現在は途絶えています。

志久七囃子浮立

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