武雄市の文化財
もくぞうごとうたかあきらこうぞう 1躯:武雄市重要文化財・彫刻
木造後藤貴明公像 指定年月日 平成7年5月2日
所在地 武雄町大字永島

木造後藤貴明公像  後藤貴明は、天文3年(1534)に大村純前の二男として生まれ、12歳で武雄領主後藤氏の養子となり、のちに第19代の家督を継いだ人物です。その半生は周辺の有馬や大村・龍造寺等との対立・抗争に明け暮れました。天正2年(1574)の家督争いで、養子惟明の勢を龍造寺の支援を得て破りましたが、龍造寺隆信の傘下となり、養子家信を向かえ、天正11年に50歳で没しました。
 本像は、このような貴明の姿を伝える唯一の像で、像高65.8cm、寄木造りで玉眼、彩色が施されています。背筋を伸ばし、口を引き締めた謹厳な顔立ちで、懐を広くつくり、威儀を正した中に余裕のある姿をしています。頭部は赤楠、体部は楠でつくられ、内刳りされ、背中と体内に墨書銘がみられます。
 銘文から本像の製作は、天正16年に仏師感定軒によって作られたことがわかり、彫刻史の上からも貴重です。
 平成22年度に保存修理を行い、後補彩色(白色を主体とした色調)は除去し、木質を露にして墨書面の木地に合わせた染色調整され、中世武将の威厳がうかがわれるようになりました。 墨書銘:(背中)「奉刻彫御影之事 / 後藤伯耆守藤原貴明公尊像也 / 令安置於芦原之村光明寺者也 / 住持一傳搜佛師感定軒 敬白 / 天正十六戊子 并後室宗雪 / 霜月吉日孝子藤原家均 / 本願次良左衛門」
  (体内)「披御影本願 / 次良左衛門蒙 / 御夢想之告 / 造立之所也」




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