蒙古合戦勲功賞肥前国神崎荘配分状もうこかっせんくんこうしょうひぜんのくにかんざきのしょうはいぶんじょう 【武雄市指定重要文化財たけおししていじゅうようぶんかざい】 (武雄鍋島家資料たけおなべしまけしりょう、武雄市蔵たけおしぞう)
後藤ごとう頼明に神崎荘かんざきのしょうの土地とちが与あたえられたことが書かかれています。
鎌倉時代かまくらじだい、 元げん(モンゴル) 軍ぐんが 二度にどにわたって 日本にほんに 攻せめてきたことを 元寇げんこう (蒙古襲来もうこしゅうらい)といいます。 武雄たけおの 武士ぶし・ 後藤ごとう頼明は 元寇げんこうで 活躍かつやくしたことから、 神崎荘かんざきのしょう (現在げんざいの 佐賀県神埼市一帯さがけんかんざきしいったい)の 土地とちを 与あたえられました。
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